祝祭の日々。

このところ、他人から「最近のassaはみてて面白い」といわれることが増えてる。実際、自分でもある面で乗ってるときだから、今を逃しちゃいかんのだろうな、てのを感じてます。このブログをチェックしてるひとには、なんの話やと思うことだろうけど。まぁその話は、おいおい。

まぁだからこそ色んなチャレンジを今この瞬間からでもしてきたいわけなんだけども、なかなか大きな渦の中にいると、前へ、前へ、と進むことだけ考えていてOK、て訳にもいかず、その内面と環境の間にあるスピード感の差みたいなものに焦りみたいのも感じてるのは事実。例えば、この3ヶ月、て時間は、新しいことを興すには十分な時間で、しかもその3ヶ月の間に、世界の有様は大きく変わってくわけで、例えばこうしてる間にも検索エンジンで有名な会社が動画配信の会社を買っちゃったりとか、定額の音楽配信サービスが始まったりとかしてるわけで、なんでもっと早く自分も身動きとってアクション起こせないんだ、てフライングスタートきりたいくらいの焦燥感がふつふつ湧いてたり。しかも反面、ある面ではその3ヶ月って時間は、圧倒的に、何かを終わらせ結ぶには時間が足りなかったりもする訳で。

けど、そゆ手順とか、段取りとかすっ飛ばすと、こゆ世界では簡単にひとつのものが吹っ飛ぶことがあるてのも痛感してる。これは必要な我慢なのだ。たった3ヶ月の遅れで消えるものなんて、所詮はその程度のものなのだ。じゃなくて、1年たっても10年たっても普遍的なものってなんだろう、と僕らはイメージしなくちゃいけない。そしてそれを形にしなくちゃならない。それが今の僕に課せられた任務なんだと思ってもみる。半ば慰み的に。けどこれって、案外真理だったりしませんか?


もっと遠くへ。もっと光を。


そんなで、現実に足をとられつつも、僕として僕は行きます。あなたはどうですか?どんなイメージを今、形にしようとしてますか?それは美しくて、そして、いつもいつでも、輝き失せないものですか?