聞こえる。

http://d.hatena.ne.jp/ykurihara/20040329#1080487280

80年生まれで85年近辺生まれの現役10代とはまた別のベクトルで文化的断層を何処か抱えてるわたくしめではありますが。

さておき一番反応したのはやっぱりここ。「車谷浩司が元BAKUであることは知っているのに、スパイラル・ライフのメンバーだったことは知らなかったりする。」えー。えー。ところでこの人達てAIRが車谷だって知ってるんだろうか、なんて瑣末なことを考えてみたりして。つかAIRは聴かないんだろうな……。

85年前後生まれ、てことは高校生から大学前半くらい、てとこだけど、遅れてきた世代であるとこの僕がSpiral Life知ったのは高2。L⇔Rとの繋がりがあるてのと聴いてた富澤一誠のFM番組経由で気になって借りたのが解散の1年後。AIRとかSCUDELIA ELECTROの関係性を知ったのは更にちょっと後。そんなこんなでスパイラルを軸に未来に向かってマイペース聴いてたから、BAKUなんて固有名詞には辿り付かなかったのか。BAKUを聴いたのはその2年後。はっきり言ってたまに聞える車谷の声とギターを聴くために買ったよなものだ。谷口宗一の声は余り好きじゃない。

因みにフリッパーズギターを聴いたのも大学入ってから。コーネリアスは高校の頃にちょこと聴いてたけど当時は中学の頃全盛だったオザケンとの関係なんて露知らずだったし、渋谷系なんてことばも基本的にはピチカートファイブに与えられた称号だと思ってた。(そもそも僕が本格的にJ-POPにはまる頃にはとっくに過去の遺物だった訳だし。)

92年頃、てとビーイングと頑張れロックの全盛で、TKが全盛期の一歩手前。ミスチルスピッツマイラバ等のJ-POP組のブレイクを直後に控えている。ご多分に漏れず無知な中学生だった僕はその辺りの音楽にまずのめり込んだんだとさ。CMタイアップやらカウントダウン番組の隆盛やらが始まった時期でもある。ミリオンミリオン騒がれたのもこの時期。そう考えるとこの時期に音楽に対して意識的になった世代てのは、情報として音楽を消費することを予め自然に体得できた世代なのかもしれない。つまり一番売れてる音楽ていう情報を追い、カラオケで消費する、という行動パタンがポップスを聞く、という行為に自然と取り込まれてたのではないか、て感じ?(ちょっと前のバンドブーム世代からカタログ化は始まっていたとは言え、それは「流行を追う」という文脈より「好みのBGMを選択する」という文脈に重きを置いてたのでは、と仮定。)

そう考えると「過去の音楽に遡る」て行為を、結局その「遡る」という行為自体が流行にならない限り、選択し難いそんな風土がJ-POPバブルの初期に出来あがっていたのではないか。だから「80年代回帰」と聞けば、別段80年代にその音楽を聞いてた訳ではないのにピンポイントにそれのみを聞く。その際、自分がリアルタイムに聴いてた90年代前半の音楽は彼等の意識からはスキップされるし、まして80年代音楽と90年代音楽の繋がりを掘りだそう、て欲求も余り起きないのかもしれない。だって見えるの数字と売上とカラオケボックスの画面でスクロールする歌詞くらいなのもので、情報量はそれだけで飽和ぎみ、そんなじゃ繋がりなんてなかなか見えて来ないものさ。

そして、それはたぶん、自分達が追いかけてた90年代前半のJ-POPが空虚だったことをその世代が自己反省しつつ、その時代の音楽には何の可能性もない、と思い込み諦めてるからかもしれない。90年初期の音楽は文化ではなく、80年代後半の音楽は文化である、という一種の偏見。けど、きっと80年代をリアルタイムに聞いてた方々は、80年代の音楽だって立派な紛い物だった、と言い放つんだろうなぁなぁ。とかとか。つか90年代前半の音楽自体、80年代音楽の残滓から生まれてるんじゃないか。的。


つまりは単純に結局のところ、10代の80年代ブームて90年代に生きた自分達へのコンプレックスの産物だったりして。なんて思わなくもないそんな感じでありまして。実際BAKUよりスパイラルの方が美しい偽者だと思うんだけどもなぁ……。わかったよなありふれたこと書きながら、結局言いたいのはこのひとことだけだったりして。聴いてよ、スパイラル。