隘路ニズム?浪漫恥シズム?

http://219.127.118.78/spitz-kirinji/20031209#p4

歌詞検索したらでてきたスネオヘア評。んー。てことはなんだ、ハナから別に捻くれてないじゃん、すごい真直ぐなこと歌ってるじゃん、なんて思ってる僕は世間様から見るとひねくれているように映るかもてことですか?とそれが気になった。とりあえずそれだけ。

そこがひっかかった以外はなかなか的を得たコメントだと思う。てことはなんだ、僕の視点て世間様から見れば枯れてるのか?32じゃなくて23だよ?そいや一昨日の飲みで「30に見える」とか「何処でそんな苦労してきたんだよ?」とか言われたな。苦労ねぇ。したっけかなぁ……?

おっと話が逸れた。つか2箇所ひっかかってるんじゃん。けど「インパクト」なくても今のスネオで十分なんだよな僕にとっては。インパクト云々……つか、ここまで世間様が「ひねくれてる」と思ってるてこと自体、十分インパクト与えてると思わないか?

つか件の「セイコウトウテイ」のフレーズ。僕にとっては歴史的な衝撃だった訳ですよ。奏でた希望を全て根本から覆すそのフレーズにやられた訳ですよ。けど、実はアルバム全体を聞くと、そんな打消しなんて通り越した満ち満ちた祝祭色に気付く訳ですよ。だって、全部ひねくれた絶望感でできてたとしたら、この盤から流れる音の昂揚感は説明できないものね。インパクトなんて要らない。そのままでいい。て願うのは、我が侭ですかね?

で、僕はBUMP OF CHICKENの藤原と声が似てるて余り思わないんですよ。似てるといえば似てるかもしれないけど、スネオのあの醒め切った歌のニュアンスて藤原には絶対出せないじゃないですか。音も似てるというひといるけど全然違うと思う。ところが検索かけると、スネオにBUMP並にインパクトを期待する評てのがちょこちょこあって、何だか違うだろうと思う訳ですよ。なんで今のスネオのインパクトに皆気付かないのだろう。てスネオに妙に共感してしまうのは、僕が世間様に比べてひねくれてる人間だからですか?