スネオ・ダイアリー。

<震えてたのは いつかの僕のほうだよ>というサビのフレーズがあるんですけど、自分と周りとが噛み合ってこない感じというか。 どこかで周りと交わっていきたいとは思っているんですけど、いつも自分と周りのスピード感の違いとか、取り残されていく怖さとか、逆に取り残して行きたいという思いがあって。 日々すごいスピードで日常がグルグルと回っていて、僕もすごい勢いで回転していて、でも僕は周りとは逆回転な気がして。 そうすると日常と僕との間に摩擦熱が起きる。 その熱が曲になる…カッコ良さげでしょ?(笑)。

夏祭りが始まる前のソワソワ感と、夏祭りが終わった後の喪失感を歌いたい。

http://keytalk.jp/unga/unga_89/vol89_p5.html より。素晴らしいじゃないか。このおとこ。


ところが検索かけてみるとスネオヘアーの音楽に喪失感を感じてるひとは少ないらしいなぁ。誰かそんなこと指摘するいないかなぁと思って探してたら、こんなのがでてきた。

スネオヘアーの良さって中学生性だと思うんです。

http://www.cwx.jp:8080/official/column/column-main.php 

そうかそういうことか。ちょっと頷いてしまった。つとなんだ、スネオの詞は中学生日記

青さに対する希求、スピードへの欲望、けどスピードに乗れない焦燥。似てるという指摘の多いBUMP OF CHICKENはこれを徹底的に物語化し体現し、やはり似てると言われるGOING UNDER GROUNDはありたけのセンチメンタリズムで体現するが、スネオヘアは(キャラとは真逆に)極めて個人的なモノローグとして体言する。センチメンタルではあるが何処か醒めたそれだし、物語化してるにしてもその変換はBUMPのように練られたものではない。そこが逆に切実だと思うのは僕だけか?この辺りは、少女日記を書き連ね去っていったJungle Smile高木郁乃と、物語化を徹底しやはり去っていったCOCCOの関係性に似てると思わなくもない。なんだ「成長を望みながらも最終的には成長を拒んでる」感じていうのかな?

とは言いつつも3X歳なんだよな。この人物。まぁ別段「中学生的」と言われることを本人が肯定して(若しくは開き直って)モラトリアムな音を鳴らしてくれるなら、それはそれで救われるんじゃないかな、て気はする。とりあえずライヴは行ってみたいと思った。お前ら中学生だろ?と言われたい。そうだそうだ、毎日「逃げちゃだめだ!」て呟いているぜ。