3:小鳥と寺山修司と。

では『Please Please Mr.Sky』における「主観」とは誰の主観か。詠めばそれが「鳥」の主観であることが伺える。空の「あした」という言葉に対し、遠い未来を願う鳥は悲しみを覚え、また「ゆくえ」までの距離を問うても、空は自分達が飛べる場所ではなくなってしまった。遠くを願う鳥の言葉は、飛ぶ空を失った鳥自身に重く圧し掛かる。「Further Along=もっと遠く」という願いを鳥は風の止んだ空に浮く雲の裏に隠す。

1つの解釈として「鳥」を作詞者である車谷自身と捉えることができる。『Further Along』*1とは、車谷が全作詞を担当したSpiral Lifeのデビューアルバムの題名である。また『Please Please Mr.Sky』と同じCDアルバムに収録されている『Blue Rubber Ball』*2という曲で車谷は「この中に誰にも見せない僕の小鳥隠した」という歌詞を用いている。そしてこの解釈の大きな根拠の1つとして挙げられるのが詩人寺山修司の『飛行機よ』という詩である。

翼が鳥をつくったのではない
鳥が翼をつくったのである

少年は考える
言葉でじぶんの翼をつくることを
だが
大空はあまりにも広く
言葉はあまりにもみすぼらしい

少年は考える
想像力でじぶんの翼を作ることを
いちばん小さな雲に腰かけて
うすよごれた地上を見下ろすと
ため息ばかり

少年は考える
リリエンタールの人力飛行機
両手をひろげてのぼったビルディングの屋上に
忘却の薄暮れがおしよせる
せめて
墜落ならばできるのだ
翼がなくても墜ちられるから

ああ
飛行機
飛行機
ぼくが
世界でいちばん
孤独な日に
おまえはゆったりと
夢の重さと釣り合いながら
空に浮かんでいる

*3

車谷は自身の愛読書として、寺山修司の本の存在を挙げ、その影響を述べている。 そして、「少年は考える言葉でじぶんの翼をつくることをだが大空はあまりにも広く言葉はあまりにもみすぼらしい」というフレーズはそのまま「More than word.」という歌詞に結び付く。そして「孤独」というモチーフが重く圧し掛かる。車谷は谷川の歌詞を寺山の詠む「少年」の視点から眺め、「少年」を「鳥」に置き換え、自身の言葉として再解釈したのかもしれない。

その再解釈が、車谷の中にひとつの旋律を思い起こさせた。旋律は詩の抱える物悲しさを見事に強調(楽曲構造分析に関しては割愛する)し、言葉と音楽の関係をより深いものとしている。詩と詩が互いに影響し合い、1つの詩を作り、1つの旋律を生んだ。「ことばはあまりにみすぼらしい」存在かもしれないが、それがある旋律によって固定される。そして、その強さと弱さが互いに影響し合い生まれた拮抗が楽曲の魅力を生みだす。『Please Please Mr.Sky』はそのような芸術の持つ1側面を証明する好例といえるのではないだろうか。


(参考文献)
T.G.ゲオルギアーデス『音楽と言語』講談社学術文庫 1966年(1994年改訳、再版)
『GB FILE 1988-1995 No.3』 ソニーマガジンズ 1995年
現代思想入門』JICC出版局 1984

(参考URL)
http://www3.ocn.ne.jp/~whatever/0_sazae/4.html
http://www.collegium.or.jp/~cmc-kyoto/Archive/Prev_Concert/Regalino.10.html
http://www.collegium.or.jp/~take/song/s_01.html
http://www.lares.dti.ne.jp/~gonta/spiral/spiral_move.html
http://www7.plala.or.jp/SLFS/

*1:Spiral Life 『Further Along』Polystar PSCR-5040 1993年

*2:Spiral Life 『Spiral Move Telegenic2』1994年

*3:寺山修司『飛行機よ』http://www.collegium.or.jp/~cmc-kyoto/Archive/Prev_Concert/Regalino.10.html