2:詩人と音楽家と。

空に鳥がいなくなった日に空は 目を閉じて泣き出した
空に鳥がいなくなった日に鳥は 遠い空の未来を信じていた
空が言う"あした"という言葉がもっとも悲しい

Don't tell me now please please Mr.Sky
Don't tell me now please please Mr.Sky
More than word. More than word.

空に鳥がいなくなった日に鳥は 目を閉じて唄ってた
空に鳥がいなくなった日から今日 悲しみは外から見送ってた
ひとりという飛ばない鳥の ゆくえまで何マイル?

Don't tell me now please please Mr.Sky
Don't tell me now please please Mr.Sky
More than word. More than word.

背中を押した風さえ吹き止んで 雲に隠した言葉はこれだけ Further along

*1

上記の詩は、Spiral Life というグループが1994年に発表した『(Don't tell me now ! ) Please Please Mr.Sky〜空に鳥がいなくなった日』(以下『Please Please Mr.Sky』)という曲の歌詞である。盛り上がりの、所謂サビの部分を除けば、簡潔な、抽象的な日本語で書かれた何処か儚げなこの歌詞は、ファンの間で人気が高い。作詞した車谷浩司は次のように述べている。「この曲は歌詞が先にあって言葉がメロディを呼んだという感じです。詞は、いつものように漠然とした不安や悲しみが漂ってる。」 *2

しかし、この歌詞が純粋に車谷の頭の中で作られたものであるとは言えない。それは次の詩を読めば分かるだろう。

森にけものがいなくなった日 森はひっそり息をこらした
森にけものがいなくなった日 ヒトは道路をつくりつづけた
海に魚がいなくなった日 海はうつろにうねりうめいた
海に魚がいなくなった日 ヒトは港をつくりつづけた
街に子どもがいなくなった日 街はなおさらにぎやかだった
街に子どもがいなくなった日 ヒトは公園をつくりつづけた
ヒトに自分がいなくなった日 ヒトはたがいにとても似ていた
ヒトに自分がいなくなった日 ヒトは未来を信じつづけた
空に小鳥がいなくなった日 空は静かに涙ながした
空に小鳥がいなくなった日 ヒトは知らずに歌いつづけた

*3

この詩は詩人谷川俊太郎の『空に小鳥がいなくなった日』と題された作品である。題名、フレーズの特徴、イメージなどから車谷がこの詩から影響を受け、引用し『Please Please Mr.Sky』を作詞したのは明らかである。

しかし、重要なのは車谷が谷川を引用した、という事実ではない。むしろ、車谷が谷川の詩を再解釈し、「漠然とした不安や悲しみ」を呼び起こし、更にはその歌詞自身が旋律を呼んだ、という事実であろう。

先ず注目すべきは、詩が抱える「視点」の問題である。谷川の詩は常に「客観」の側に立って状況記述に撤しているのに対し、車谷は詩に「主観」「内面」という要素を折り込んでいる。最初の2行こそ、車谷の詩は『空に小鳥がいなくなった日』をモチーフとした完全な引用であるが、最初の2行を受けた後の3行目「空が言う"あした"という言葉がもっとも悲しい」というフレーズで空の言葉を聞く登場人物の主観が映し出される。この3行目は、谷川の詩のモチーフを再解釈した車谷の「悲しみ」を見事に表現する。7行目から始まる2番の歌詞は、形式こそ谷川の詩に借りているものの、より車谷の「再解釈」に近づく内容となる。9行目の「ゆくえ」までの距離を問う声は、その事実を研著に表しているものだといえる。

*1:Spiral Life 『Spiral Move Telegenic2』Polystar PSCR-5315 より『[Don't tell me now !] Please Please Mr.Sky〜空に鳥がいなくなった日』1994年

*2:『GB FILE 1988-1995 No.3』P.271 ソニーマガジンズ 1995年

*3:谷川俊太郎『空に小鳥がいなくなった日』http://www3.ocn.ne.jp/~whatever/0_sazae/4.html